大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和62年(わ)351号 判決

主文

被告人小畑〓太郎を懲役六月に、同山路健太郎、同小畑弘之及び同山田里已をいずれも懲役五月にそれぞれ処する。

各被告人につき、この裁判確定の日から、いずれも二年間右刑の執行を猶予する。

被告人小畑〓太郎から金三〇〇〇万円を追徴する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人小畑〓太郎は、昭和六〇年一〇月二九日大分県知事から許可魚種をいわし、あじ、さばとした中型まき網漁業の許可を受け(許可番号オタま第四八号、有効期間昭和六〇年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日まで)、漁船第二若宮丸(総トン数一九・七六トン)、漁船若宮丸(総トン数一九・七五トン)、漁船第一八若宮丸(総トン数八・八三トン)及び漁船千代丸(総トン数四・九七トン)の四隻を使用して、いわし、あじ、さばの採捕を目的とした中型まき網漁業を営むとともに自らも右漁船第二若宮丸の船長兼漁労長として乗り組んでいる者、被告人山路健太郎は、右漁船若宮丸に船長として乗り組み、被告人小畑弘之は、右漁船第一八若宮丸に船長として乗り組み、被告人山田里已は、右漁船千代丸に船長として乗り組み、いずれも被告人小畑〓太郎の右中型まき網漁業に従事する者であるが、被告人ら四名は共謀の上、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和六二年二月一日頃から同年五月二五日頃までの間、前後八回にわたり、大分県南海部郡鶴見町地先水の子灯台から真方位二〇三度、五・七海里付近海域ほか二か所の海域において、前記許可外の魚種であるいさき合計約七万〇三八五キログラム(時価合計約七二三八万八一六八円相当)を採捕し、もって、前記許可の内容に違反して漁業を営んだものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人らの主張に対する判断)

なお、本項において証拠を引用する場合、証拠の題名に続く括弧のうち、「甲」又は「乙」は検察官請求証拠等関係カード記載の分類を、「弁」は弁護人請求証拠等関係カードの記載を、また、これに続くアラビア数字は各カード記載の請求番号を示す。

一  弁護人らは、大分県知事が被告人小畑〓太郎に対してなした中型まき網漁業の許可は、魚種の制限のないもので、許可証漁業種類欄の「いわし、あじ、さばまき網漁業」との記載は中型まき網漁業の一般的名称にすぎず、許可魚種を「いわし、あじ、さば」に限定する意味はないものであり、仮に魚種制限があることを認めざるを得ないとしても「いわし、あじ、さば」について許可を得た者以外はこれを目的として漁獲することができないという限度で制限禁止の効力が認められるにすぎないから、被告人らが「いさき」を採捕しても大分県漁業調整規則(以下、本判決では「規則」という。)一五条(許可の内容に違反する操業の禁止)に違反することにはならない旨主張するので、検討する。

二1  中型まき網漁業に対する法的規則の概要は、前掲各証拠、特に植野剛朋の司法警察員(海上保安官)に対する供述調書(甲81)、検察官作成の捜査関係事項照会書謄本(甲75)及び大分県林業水産部漁政課長作成の各捜査関係事項照会回答書(甲76、77)によれば、次のとおりであることが認められる。

(1) 漁業法六六条一項は、中型まき網漁業を、都道府県知事の許可を要する漁業と定め、同条三項で主務大臣がその都道府県別に許可できる船舶の隻数、合計総トン数若しくは合計馬力数の最高限度を定めることができる旨の規定を設けている。

そして、これに基づき農林水産大臣は農林水産省告示でその都道府県別に許可できる船舶の隻数及び合計総トン数を定めているが(ちなみに、昭和六〇年八月二四日付農林水産省告示第一三六四号で、大分県において許可できる隻数及び総トン数については「総トン数一五トン以上の動力付中型まき網漁業の網船については一四隻、三一四トン、無動力中型まき網漁業及び総トン数一五トン未満の動力付中型まき網漁業の網船については三六隻、三七〇トン」と定められている。)、右告示には、備考として「この表は、当該都道府県の区域内に主たる漁業根拠地を有する船舶であって、いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろの採捕を目的とする中型まき網漁業に係わるものについての最高限度を定めるものである。」旨の記載がなされている。

(2) 大分県知事は、農林水産大臣が右のように定数を定めていることから、規則八条二項(二五条三項、一項)に基づき、漁業許可の有効期間にあわせて三年毎に大分県告示を出し、許可の申請期間を定めて公示しているが、昭和五四年以降の告示にはただし書として「ただし、この申請は大分県内に主たる漁業根拠地を有する船舶であって、いわし、あじ又はさばの採捕を目的とするものに限る。」旨の記載がなされている。なお、昭和四八年と昭和五一年の大分県告示にはただし書に対象魚種として「かつお、まぐろ」も記載されていたが、その漁獲実績が少なくなったため、昭和五四年からはその記載が削除されることになった。

2  大分県における中型まき網漁業の許可の実情、組合などに対する指導状況等については、前掲各証拠、特に大分海上保安部長作成の捜査関係事項照会書謄本(甲2)、大分県林業水産部長作成の捜査関係事項照会回答書(甲3)、司法警察員(海上保安官)作成の資料入手報告書(甲31)、中型まき網船団に対する行政指導状況報告書(甲32)、塩月治平の検察官に対する供述調書(甲45)、植野剛朋(甲81)及び中西厚(甲82)の司法警察員(海上保安官)に対する各供述調書、第四回公判調書中の証人荻田征男の供述部分並びに第七回ないし第九回公判調書中の証人中西厚の各供述部分によれば、以下のとおりであることが認められる。

(1) 大分県における過去の中型まき網漁業の規制の経緯については、大分県告示のただし書に記載される魚種名が「いわし、あじ、さば」とされ、許可証漁業種類欄の記載が「いわし、あじ、さばまき網漁業」とされるようになった昭和五四年の許可から現在と同様の扱いがなされるようになったものと推測できるものの、その詳細は必ずしも明らかではない。しかしながら、大分県林業水産部長が昭和六〇年一〇月二四日付で「……最近、中型まき網漁業の許可対象(いわし、あじ、さば)となっていない、たい、いさき等の採捕を目的とした操業により、他種漁業との紛争が生じており、このような違反操業が行われることは真に遺憾なことである。……」旨指摘した「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する書面(漁政第一三〇四号)を大分県旋網漁業協同組合長宛に出して指導してから後は前記のように「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限って、許可申請期間が示された大分県告示に基づいて申請のなされた中型まき網漁業については、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものとして許可されたことは明白である。大分県としては、後記認定のとおりぶり稚魚の特別採捕の許可とともにその採捕を目的とする中型まき網漁業が許可されたことがあるほかは、昭和五四年以降「いわし、あじ、さば」以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可がなされたことは殆どない。

昭和六〇年一〇月二四日付の書面が右組合長宛に出された後、昭和六二年一月一六日頃から同年三月三〇日頃までの間に四回に亘り、大分県林業水産部漁政課から同趣旨の指導がなされていた。これに応じて、大分県旋網漁業協同組合長から各組合員に対しても右指導内容が伝達され、前記「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する書面は昭和六〇年一〇月二四日頃各組合員に配付され、昭和六二年一月一六日頃から同年五月一四日頃までの間に約八回に亘り、同趣旨の指導がなされた。

(2) 大分県林業水産部漁政課の関係者らはいずれも右と同様の理解をしているうえ、その許可の様式にも触れて次のように回答し、供述している。

大分県林業水産部長は大分海上保安部長からの照会に対して、昭和六二年一〇月二六日付の回答書で「大分県知事許可にかかる中型まき網漁業に記載された漁業種類であるいわし・あじ・さばまき網漁業は、許可証に記載された魚種に限定される。ブリ(ハマチ)、イサキ(ウドコ)は中型まき網漁業の許可魚種に含まれない。」旨回答しており、証人として出廷した大分県林業水産部漁政課勤務の荻田征男、同中西厚も大分県における中型まき網漁業については、いわし、あじ、さばの採捕を目的とするものとして許可されており、許可証漁業種類欄の「いわし、あじ、さばまき網漁業」との記載はこれを表示するためのものである旨の見解に立っている。

(3) 大分県林業水産部漁政課では、右のような見解に立脚して、規則三七条で原則としてその採捕が禁止されている全長一五センチメートル以下のぶりを中型まき網で採捕するための許可申請に対し、規則五〇条で定める試験研究等のための特別採捕許可(第一二号様式の許可証)とともに、中型まき網漁業の許可(第五号様式の許可証)をするに際し、昭和六一年四月一八日付の許可証において漁業種類欄の記載を「ぶり稚魚一そうまき網漁業」と記載し、漁業種類欄に漁法に魚種名を付した漁業種類を記載することで、その魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業として許可したことを表示するという方法を採用していた。

なお、採捕の対象魚種を限定してそれを漁業許可の内容とする場合の様式についての明確な定めはないが、水産庁長官の昭和三八年一〇月二三日水漁第六九八二号の通達には、漁業の許可に関して

「漁業の許可(第7条)

イ 許可漁業の分類は、次のような方法によりこれを行うこととした。

(ア) 同一の漁法で魚種の如何にかかわらず許可制を必要とするものについては、魚種名を附さないで漁法一本で現わす。

(イ) 同一の漁法の中でも特定魚種のみについて許可制を必要とするものについてはその魚種名を附して現わす。」

との記載があり、漁法に魚種名を付して表すことで、その魚種制限が許可の内容となることがあることを示すものとして理解できる。

3  中型まき網漁業の許可に関する四国・九州(沖縄県を除く。)各県の状況は、前掲各証拠、特に、大分海上保安部長作成の捜査関係事項照会書謄本(甲55、57、59、61、63、65、67、69、71、73、ただし67は原本)、宮崎県農政水産部長作成(甲56)、福岡県知事作成(甲58)、佐賀県知事作成(甲60)、長崎県知事作成(甲62)、熊本県知事作成(甲64)、鹿児島県林務水産部長作成(甲66)、愛媛県水産局長作成(甲68)、高知県水産局水産局長作成(甲70)、香川県知事作成(甲72)及び徳島県知事作成(甲74)の各捜査関係事項照会回答書並びに司法警察員(海上保安官)作成の謄本等作成報告書(甲1)によれば、次のとおりであることが認められる。

(1) 佐賀県及び徳島県においては魚種の制限がなされていない。

(2) 宮崎県では「本県の水産庁告示に基づく中型まき網漁業許可は、水産庁告示の許可枠を受けたものであり、『いわし、あじ又はさばの採捕を目的とする』中型まき網漁業である。なお、当該中型まき網漁業は、『目的とする漁業』であるため、いわし、あじ及びさば以外の目的外魚種の混獲を禁止する趣旨のものではない。」、許可証記載の「『一そうまきいわし巾着網漁業』という名称自体が特に法的に魚種限定の意味を持つものではない」旨回答し、漁法に許可された魚種名を付した漁業種類を許可証に記載するという方法をとってはいないが、採捕目的とする魚種をいわし、あじ、さばに限定して許可していると解される(なお、弁護士吉田孝美作成の照会申請書写(弁10)及び大分県弁護士会会長古城敏雄作成の「照会申出に基づく回答(通知)」と題する書面(弁11)によれば、「宮崎県知事が発している中型まき網漁業許可証の漁業種類は一そうまきいわし巾着網漁業となっていますが、右漁業種類は、単なる漁法にすぎないのか、それともいわしを目的とする採捕として許可されたのであるから、あじやさば等を目的に採捕してはならないという意味での運用を行政指導されてきたのかのどちらでしょうか」との照会事項に対して、宮崎県農政水産部水産課長作成の昭和六三年四月一三日付回答書で「『一そうまきいわし巾着網漁業』と中型まき網漁業の許可証の漁業種類欄に記載があるが、この『いわし』の記載には魚種限定の法的な意味はない」旨の回答がなされているが、弁護人らはこれを根拠として宮崎県には中型まき網漁業の許可について魚種の制限はないと主張しているけれども、これは魚種を限定して漁業許可を与えた場合に、許可証に許可された採捕の対象魚種名を記載する方法をとっていないということであって、事実は前記認定のとおりである。)。

(3) 〈1〉福岡県では魚種の限定を行い、許可証の漁業種類の中で「あじ・さば巾着網」、「かたくちいわし場繰網」、「しいらまき網」とすることとし、〈2〉長崎県では許可の内容の漁業種類に魚種を冠し許可しているが、その内容は漁業種類名を「一そうまき網いわし、あじ、さばまき網漁業」、「一そうまきとびうお、さんま、しいらまき網漁業」、「一そうまきアミまき網漁業」とすることとし、〈3〉熊本県では魚種限定を行い、漁業許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さば・一(二)そうまき網漁業」と魚種名を付したり、漁業許可証の主たる漁獲物の種類欄に、主に漁獲される魚種名を付したりすることとし、〈4〉鹿児島県では、通常の場合魚種限定はないが、特別採捕許可を要するもじゃこを採捕するための中型まき網漁業の許可の場合は、もじゃこに限定され、許可証の漁業種類欄には「中型まき網(一そうまき網)漁業(もじゃこ漁業)」と記載されており、〈5〉愛媛県では、中型まき網漁業の許可証の漁業種類欄に記載された魚種は、主に漁獲されるものを冠したものであり、基本的には記載された魚種を対象として許可されるとし、被告人小畑〓太郎が愛媛県より交付された許可証の漁業種類欄には「いわし、あじ、さばまき網漁業」と記載され、許可証の制限又は条件の欄には何ら魚種に関する記載はなされておらず、〈6〉高知県ではいわし類、あじ類、さば類と魚種を限定し、許可証の漁業種類欄に「火光利用いわし・あじ・さば中型まき網漁業」と記載することとし、〈7〉香川県では魚種限定を行っており、中型まき網漁業の許可証に「さごし巾着網漁業」、「いわし巾着網漁業」、「ぼら、すずき、このしろ、ままかり巾着網漁業」等と記載し、制限又は条件欄には魚種の限定に関する記載はない。

以上のように大方の県では中型まき網漁業で採捕を許可する魚種を制限し、漁法に魚種名を冠した漁業種類名を使用する方法で魚種の限定を行っている。

三1  被告人小畑〓太郎が、本件犯行当時有していた中型まき網漁業の許可を、大分県知事から受けた経緯については、前掲各証拠、特に検察官作成の捜査関係事項照会書謄本(甲75)及び大分県林業水産部漁政課長作成の各捜査関係事項照会回答書(甲76、77、79)によれば、次のとおりであることが認められる。

被告人小畑〓太郎は、規則七条、八条により前記大分県告示第九一七号(昭和六〇年七月一六日付)に従って昭和六〇年九月二七日「期間満了により、大分県告示第九一七号で告示がありましたので申請します。」との申請理由により、規則で定める第四号様式の中型まき網漁業許可申請書の漁業種類欄には「きんちゃく網漁業」と、漁獲物の種類欄には「いわし・あじ・さば」と記載するなど必要事項を記載し、更に添付書類中の事業計画書には漁獲物の名称欄に「いわし、あじ、さば」と記載して、大分県知事に中型まき網漁業の許可申請をしたところ、大分県知事はこれを許可し(以下「本件許可」という。)、規則一〇条に基づき第五号様式の同年一〇月二九日付中型まき網漁業の許可証を被告人小畑〓太郎に交付したが、この許可証には、漁業種類として「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載され、制限又は条件の欄には魚種を限定する内容の記載はなかった(規則一四条は「漁業の許可をするにあたり、当該許可に制限又は条件を付けることができる」旨規定している。)。

2(1)  そこで、本件許可の内容を検討するに、本件許可は、前記のように昭和六〇年一〇月二四日に大分県林業水産部長から大分県旋網漁業協同組合長宛に指導の書面が出された直後になされたものであることに加えて、前記の中型まき網漁業の法的規制、大分県漁政課の方針、大分県の規制の実態、四国、九州各県の規制の実情、更に右で認定した本件許可を被告人小畑〓太郎が受けた経緯、特に大分県告示の内容、許可申請の内容に照らせば、大分県知事は、同被告人から前記大分県告示に基づいて「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可申請がなされたのに対してそれを許可することとしたもので、しかも、それは許可に「制限又は条件」を付したというものではなく、魚種、漁法により漁業種類を定め、魚種を「いわし、あじ、さば」と限定し、これを漁業許可の内容とするという形式で許可がなされたものと解するのが相当である。

(2)  弁護人らは、漁業法六六条により知事に委任された中型まき網漁業の禁止の解除は「漁法」に関する禁止の解除であって、その許可の内容として魚種の制限をすることは許されない旨主張するけれども、そのように解しなければならない根拠はなく、漁業調整、水産資源の保護などの見地から中型まき網漁業を無制限に許可することはできないが、採捕を目的とする魚種を限定し、漁業規模、漁場、漁業期間等についてある程度の制限をすれば許可できるという場合に、魚種の限定はできないから中型まき網漁業の許可自体をする余地がないという扱いをしなければならないことになるような解釈は納得しがたいばかりでなく(弁護人らは、このような場合には許可の制限条件として特定の魚種や海域の操業を制限することができるから漁業調整は可能である旨主張するけれども、弁護人らの主張する方法によっても結局は魚種制限を中型まき網の許可に持ち込むことを認めるのと実質的には同様の扱いとなる。魚種の制限を漁業許可の内容にまで取り込むか、「制限又は条件」とするかは法技術の問題にすぎず、法はどちらの方法も認めていると解するのが相当である。)、規則一五条は、「漁業の許可の内容(船舶ごとに許可を要する漁業にあっては漁業種類(当該漁業を魚種、漁具、漁法等により区分したものをいう。以下同じ。)船舶の総トン数、推進機関の馬力数、操業区域及び操業期間をいう。以下同じ。)」と漁業種類を定義しており、魚種が許可の内容を構成することがありうるものとして規定されていることや、前記認定のとおり漁業法六六条三項による委任を受けた主務大臣が特定魚種について許可枠を定め魚種の制限のあり得ることを前提とする告示を出していることなどに徴すれば、法は魚種の制限を許可内容に取り込む形での中型まき網漁業の許可を認めない趣旨ではないと解するのが相当である。

四  なお、本件許可についての被告人らの認識内容等については、前掲各証拠、特に被告人小畑〓太郎の検察官(乙12ないし14)及び司法警察員(海上保安官、乙4、6)に対する各供述調書、被告人山路健太郎の検察官(乙25、26)及び司法警察員(海上保安官、乙19、21)に対する各供述調書、被告人小畑弘之の検察官(乙34ないし36)及び司法警察員(海上保安官、乙30、31)に対する各供述調書、被告人山田里已の検察官(乙45、46)及び司法警察員(海上保安官、乙39、40)に対する各供述調書、増井春光(甲38、ただし謄本)及び松下一教(甲46)の司法警察員(海上保安官)に対する各供述調書、佐藤正俊の司法巡査(海上保安官)に対する供述調書(甲33)、増井幸明の検察官(甲37)及び司法警察員(海上保安官、甲36、ただし謄本)に対する各供述調書並びに増井長吉郎の司法警察員(海上保安官)に対する供述調書(甲39、ただし抄本)、第五回及び第六回公判調書中の証人増井長吉郎の各供述部分によれば、次のとおりであることが認められる。

1  第二若宮丸の乗組員佐藤正俊は、「許可魚種以外の魚を採ってはいけないと知ったのは今から一―二年前に四国の宿毛の方で問題になっているというのを噂で聞いたから」である旨供述している(ちなみに、高知県の宿毛湾での事件は昭和六〇年一〇月頃問題となり、同月一六日付の新聞で報道され、大分県林業水産部漁政課はこの新聞記事を大分県旋網漁業共同組合長に交付し、指導を要請した。)。

2  第三八南豊丸船団で中型まき網漁業に従事する増井春光、増井幸明及び増井長吉郎らは、昭和五九年一〇月頃から、いさき等瀬に付く高級魚を採捕するための瀬網を持ちたいと考えるようになったが、それ以前に増井長吉郎は、その日記帳の中に、昭和五九年四月一八日付でまき網組合(大分県まき網漁業協同組合)の役員会における議題としての三項目の「瀬網等を使って、イサキ、ブリ、タイ等を採っているがこういう事についての操業問題、すなわち、違反操業をしない様自主規制したらどうか。この件につき六月でも全員協議会で検討する。」旨記載しており、昭和六〇年一〇月二四日付の「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する書面の内容は承知していたことからすると、被告人小畑〓太郎が本件許可を受けた当時、増井長吉郎は中型まき網漁業の許可にあっては魚種が限定されているとの認識であったと解される(この点、増井長吉郎は、第五回及び第六回公判調書中の各供述部分では、魚種の制限がされていたとは思っていなかった旨供述するが、右認定に徴してにわかに措信できない。)。

3  若戎丸船団で中型まき網漁業を営む松下一教も「私は今日まで、父親に指導されたり先輩達の話を聞いたりして私達まき網漁業ではまき網漁業許可証に記載のあるいわし、あじ、さば以外の魚は採捕してはいけない魚であると解しております」と供述している。

4  各被告人らは、昭和五九年春頃、大分県の鶴見町の中型まき網船団が瀬網を使って、瀬に付く高級魚であるいさき等を採っているとの噂を聞き、若宮丸船団で中型まき網漁業を営む被告人小畑〓太郎の決断のもと、自分達もその収益を上げるために、瀬網を持とうということになり、同年夏頃からその製作に入り、同年一一月頃迄には完成させ、翌昭和六〇年二月頃からこれを使用し、いさきを狙って漁をするようになったが、この瀬網を持とうと話があった時点でこれが違反操業になることは分かっており、更に、被告人小畑〓太郎は同年一〇月二四日頃大分県旋網漁業協同組合長から、大分県林業水産部長作成の昭和六〇年一〇月二四日付「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する書面の写しの配付を受け、これを若宮丸船団の各船長や網子に伝達するなどし、本件許可が「いわし、あじ、さばの採捕を目的とするもの」との認識を有していた(第三回及び第一六回公判調書中の同被告人の各供述部分には、魚種の制限がなされているとは思わなかった旨供述する部分があるが、前記大分県旋網漁業協同組合長からの指導状況、配付された右文書の記載内容、同じ中型まき網漁業を営む者らの前記認識内容、ことに増井長吉郎の日記帳の記載、そこから合理的に推認される同人の前記認識内容等に徴すると、右供述部分はにわかに措信し難い。)。

以上のとおり、被告人小畑〓太郎は本件許可の申請当時(昭和六〇年九月二八日)には、魚種の限定があることを承知しており、本件許可については許可する方も、許可を受ける方も採捕の目的とする魚種が「いわし、あじ、さば」に限定されているとの認識で一致していたものである。

五  弁護人らは、中型まき網漁業漁獲成績報告書写(弁8、9)には許可されていない魚種まで記載する欄が設けられていること、大分県佐伯事務所水産課発行の昭和六二年度高齢者活力促進事業報告書(弁14)には、米水津村の伝統的漁具漁法についての部分で、「旋網漁業は…主としてイワシ、アジ、サバ、片口イワシ等の廻遊性の青魚を獲るが、ブリ、ハマチ、タイ、イサキの赤魚(海底魚)やあらゆる魚種を能率よく大量漁獲出来る網である。」旨説明されていること、阿南尤雄著の「育てる海―漁業制度からみた大分県漁業」(弁15)では、中型まき網漁業について魚種の制限があることについて何ら触れられておらず、これに記載されている大分県と宮崎県、大分県と愛媛県との入会協定については、中型まき網漁業について魚種の制限があれば説明困難と主張し、更に昭和六〇年一〇月頃から大分県林業水産部漁政課が指導をしたというが、それに伴って漁協の魚市場に対する指導は全くなく、ぶりでもいさきでも手数料を取って買い入れてきた実態があること等の諸点を指摘し、漁業種類欄で漁法に付された魚種名には格別法的な意味はなく、魚種の制限なく本件許可がなされた旨主張するが、右中型まき網漁業漁獲成績報告書は県知事宛のものではあるが、全国的に出された模範例によったもので許可魚種以外の魚種を記載する欄の存在は特別な意味を持つものではないこと、大分県佐伯事務所水産課発行の昭和六二年度高齢者活力促進事業報告書の中型まき網漁業に関する記載はまき網の効能に関し一般論を述べたもので特に法規制について述べたものではないこと、阿南尤雄著の「育てる海―漁業制度からみた大分県漁業」に中型まき網漁業の魚種制限について記載がないことが直ちに本件許可に魚種制限のないことにはつながらず、中型まき網漁業に関する大分県、宮崎県の魚種制限の内容はその表示形式が違うだけで前記のとおり同一で、愛媛県の魚種制限も被告人小畑〓太郎の受けた許可は大分県のそれと同様であるから、中型まき網漁業について入会協定の説明が困難との主張はその前提を一部欠くこと、許可外魚種を魚市場が買い入れていたことについても混獲されたものかどうかの区別がつきにくかったためであることも考えられ、また漁協の指導方法に問題があったものとも考えられること等に徴し、弁護人らの主張する事実はいずれも本件許可が、いわし、あじ、さばを採捕の目的とするという魚種限定が付されていた許可であるとの前記認定に疑問を抱かせるものではない。

六  更に、弁護人らは、中型まき網漁業の許可は漁法自体の許可であって本質的に魚種制限を含まず、一切の魚種を採捕することができるものとして与えられるのが原則であるが、例外的に許可の内容として魚種制限をすることができるとしても、魚種については特に制限がない限り自由に採捕できるのが漁業法の原則であるから、特に規制を必要とする特定の魚種についてのみその採捕を制限又は禁止することができるだけであるという構造をとるものと解しなければならず、したがって、本件許可についても「いわし、あじ、さば」以外の不特定の魚種全部について採捕が制限又は禁止されたものと考えることはできず、「いわし、あじ、さば」について許可を得た者以外はこれを目的として漁獲することはできないという限度で制限禁止がなされたものと認めるべきであり、被告人らが本件と同様に無許可の漁獲を禁止された特定魚種以外の魚種の漁獲をすることが禁止されたことにはならない旨主張するところ、弁護人らの右の主張が、本件許可が弁護人ら主張の内容のものとしてなされたというものか、許可魚種を「いわし、あじ、さば」に限定した本件許可は法の趣旨に照らして許容できないから弁護人ら主張の限度の効力を有するものとしてその法的効果を認めるべきであるというものが、必ずしも明らかではないけれども、前者であるとすればこれまで述べてきたところからその主張が採用できないことは明白であり、後者であるとしても、魚種の制限について法が弁護人ら主張の方法しか認めていないと解しなければならない根拠はなく、前記二の1認定の中型まき網の法的規制の内容、前記三の2記載の法が魚種制限を容認していると認めるべき根拠、更に、前記認定のとおり本件許可が農林水産大臣告示による許可枠のもとに出された大分県告示に基づきなされた「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可申請に対してその許可がなされただけであり、規則によれば他魚種の採捕を目的とした中型まき網漁業の許可申請は可能であることに照らし本件許可の魚種制限は法律の趣旨に符合した適法なものと認められるので、弁護人らの主張はその前提を欠き採用できない。

七  弁護人らは、中型まき網漁業と大中型まき網漁業との魚種制限に関する格差、即ち、両者は使用する船舶の大きさしか違いがなく、弁護人らの示す大中型まき網漁業許可証写(弁3)で認められる操業範囲は実質的には大きく違わないのに、大中型まき網漁業にはない魚種制限を中型まき網漁業についてのみ付することは不合理であると指摘するが、前記のとおり被告人小畑〓太郎は、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とした中型まき網漁業の許可を申請してその許可を受けたものであり、規則によれば他魚種の採捕を目的とする許可申請は可能であるうえ、仮に合理性が認められないとしても、その故に許可の対象になっていないいわし、あじ、さば以外の魚種についての採捕の許可があったことにならないのは当然であって、規則六〇条一項一号、一五条は外形的にも許可の内容に違反する行為を禁じているものであるから、同規則違反の罪が成立することに変わりはない。

八  以上の次第であって、弁護人らの主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人小畑〓太郎の判示各所為は、包括して刑法六〇条、規則六〇条一項一号、一五条に、同山路健太郎、同小畑弘之及び同山田里已の判示各所為は、それぞれ包括して刑法六〇条、規則六二条、六〇条一項一号、一五条に該当するところ、各被告人についていずれも所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人小畑〓太郎を懲役六月に、同山路健太郎、同小畑弘之及び同山田里已をいずれも懲役五月に処し、各被告人について情状により刑法二五条一項を適用していずれもこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、判示犯行により被告人小畑〓太郎が取得した漁獲物は規則六〇条二項に該当するが、既に処分されて没収することができないので、同条二項ただし書を適用し、後記情状を考慮して同被告人からその相当価格内の金三〇〇〇万円を追徴することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人らの連帯負担とする。

(量刑の理由)

本件犯行は、判示のように被告人小畑〓太郎が、大分県知事からいわし、あじ、さばの採捕を目的とした中型まき網漁業の許可しか受けていないのに、被告人らは共謀のうえ許可外の魚種であるいさきを採捕したという大分県漁業調整規則違反の案件であるところ、若宮丸船団を率いて中型まき網漁業を経営し、最終的な決定権限を有する被告人小畑〓太郎の決断のもと、被告人らは昭和五九年中にいさき等の瀬に付く高級魚を採捕するための網(瀬網)を作り、規則に違反することを承知しながら、利潤を上げるため敢えて本件犯行に及んだもので、その漁獲高はいさき合計約七万〇三八五キログラム(時価合計約七二三八万八一六八円相当)と相当な量及び金額におよび、一本釣り業者らに与えた影響も少なくなく、本件犯行の動機・犯行態様・結果に鑑みると、被告人らの各刑事責任はいずれも重いと言わざるを得ない。

しかしながら、本件の罪質に加え、各被告人とも一家の中心的な働き手として専ら漁業に専念し、被告人小畑〓太郎を除くその余の被告人らはいずれも前科・前歴もなく、被告人小畑〓太郎においても罰金前科を除いて前科・前歴がないなどいずれも真面目に社会生活を送ってきたことなど、被告人らのために斟酌すべき事情も存するのでこれらを総合考慮し、その刑の執行をいずれも猶予することとし、なお追徴金額については、規則六〇条二項ただし書による追徴が任意的なものであるところ、被告人小畑〓太郎は、その総水揚げ金額から手数料、「おかず代」と称する歩合給等を差し引いた残額を漁協から現実に支払いを受け、さらに現実に支払いを受けた金額から諸経費を差し引いた残りの四五パーセントを歩合給として網子らに支払っているのであって、この手数料や二種類の歩合給は漁獲自体が没収されていれば支払いを要しない金額であること、さらに同被告人の経営状態、経営規模等の諸事情、加えて本件犯行の罪質と刑の均衡等を総合勘案すれば、主文掲記の追徴金額が相当である。

よって、主文のとおり判決する。

別紙 犯罪事実一覧表

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例